「好き」が分からない

好きな人がいる。暇なときは四六時中その人のことばかり考えている。その名を仮にMさんとする。

Mさんは会社の先輩で、元上司でもある。年齢は私より3つ上だ。

Mさんは頭がいい。リーダーとして仕事の割り振りも進捗管理も部下のフォローもそつなくこなし、人当たりもよく、気配りも上手く、一緒に仕事をする上では申し分のない人だ。そして、Mさんは優しい。目を見て話を聞いてくれ、努力したことは必ず承認してくれる。こちらの考えが間違っていれば真面目に反論してくれる。間違ったことは、何故間違ったか丁寧に聞いたうえで正してくれる。Mさんの考えを聞くと、私はたいてい納得する。Mさんはいつも正しい。

Mさんは男性である。ちなみに私は女性だ。私はMさんのことがとても好きだが、好きだからどうしたいのかがどうもよく分からない。セックスがしたいのか、恋人になりたいのか、結婚したいのか、ただ眺めていたいのか、定期的に会える関係になりたいのか、しばらく離れていても連絡を取り合える関係になりたいのか、普段は連絡を取らないけれども人生に行き詰まった時に相談に乗ってくれるような信頼関係を保ちたいのか。よく分からない。ここに挙げた全てかもしれないし、どれでもないかもしれない。

ひとつだけ明らかに言えるのは、私は彼と手をつなぎたいということだ。彼と会うとき私はいつも、彼の手を目で追っている。そういえば私は、好きな人の手はその姿形を思い出すことができる。仲の良い友人でも、好きな人でなければ手の形までは覚えていない。

以前、酒席のなりゆきで、彼と手をつないで歩いたことがある。温かくて心地よい手だった。前々から手をつなぎたいと思っていたから、初めて手をつないだ時にそのような好意的な感想を持ったのかもしれない。たとえば私は彼とキスをしたことは無いが、彼とキスをしたいかどうかというと、正直なところよくわからない。彼とキスをしたい欲求もあるのかもしれないが、今のところそれは、手をつなぎたい欲求ほど分かりやすく発現してはいない。

Mさんも私のことを好きだ、と私は思う。どのように、どのくらい好きか、とははっきり言えないが、少なくとも、私が飲みに誘えば必ず応じてくれ、いつも全額おごってくれ、彼のほうからも飲みに誘ってくれる、という程度には好かれている。

Mさんと私の仲睦まじい様子を見た人から、付き合っているのかと尋ねられたことがある。そんな質問をしてくる人は、これまで4人くらいいた。同性同士がいくら仲良くしていても(たとえ本当に付き合っている場合でも)付き合っているようには見えないのに、男女が寄り添っているとそれだけで付き合っているように見える、という気持ちは分からなくもない。そして、それはおそらく当人も同じだ。自分がどんなふうに相手を好きか内省するのではなく、相手の性別を見ることで、自分の相手に対する気持ちが恋愛感情かそうでないかの判断材料にしようとする。

Mさんはもうすぐ会社を辞めて、地元に帰ってしまう。離れたら、きっともう会えないのだと思う。Mさんは私との別れを淋しがってくれ、残していくのが心配だと言ってくれた。「それはどういう気持ちで心配してくれるんですか、親心ですか?Mさんは私の何なんですか?」と聞いてみたところ、「よく分からない人として心配してる」という答えが返ってきた。よく分からない人、とは何だろう。彼は間違いなく私の会社の先輩なのだし、「先輩として」とか「元上司として」とか、いくらでも言いようはあるはずだ。私たちの関係を規定するための言葉として、そういう分かりやすい表現が咄嗟に出てこなかったということは、彼の私に対する気持ちが、彼自身にも正体が分からないようなものか、それとも私の前では言えないようなものだからなのではないかと思う。

私が彼を好きな気持ちが分からないように、彼も同じ気持ちなのかもしれない。そうだったらいいと思う。